氷河期エンジニア、セミリタイアはじめました

セミリタイアしたけど結局1年でサラリーマンに戻りました

真実は嘘に勝てない

「俺、突然フィリップって呼ばれるようになって、なんか変な噂が流されてるっぽいんだけど」

オンラインゲームで知り合いのKとペア狩りをしていた時のことだ。

彼はどうやら、先週くらいから野良(知人以外の人たち)のパーティーに参加した際に、時々「フィリップ」という名で呼ばれるようになったらしい。彼曰く「なんでそんなあだ名になったのかはわからない…」とのことだったが、私には心当たりがあった

Kと私は知人だったが、ゲーム上は敵対関係にある勢力に所属していた。通常時交戦することは無いものの、PvPの戦闘が行われる際には、ゲームのルールにのっとって遠慮なく相手を倒しに行くような関係だった。

Kはゲーム内では名の知れたプレイヤーで、PvP時には出来るだけ真っ先に落としたい相手の一人だった。私と彼は仲が良かったが、私の陣営の中には彼のことをこころよく思わない者もいた。PvPで負けたことを恨み、彼が戦場からいなくなれば…と考える者もいた

そう、彼がフィリップとなったのは、多分私の陣営の誰かの仕業だ。

私は彼のあだ名の由来を知っている。彼のあだ名の由来は「錦糸町のフィリピンパブに通ってるゲーム内の武勇伝を語る痛い奴」から来ている。

Kの名誉のために言っておくが、全て根も葉もない嘘である。

私の所属する勢力のチャットでも、「フィリップ先週の金曜も行ってたらしいよ、奥さんも子供もいるのに…」とか「あいつ月収25万しかないくせに、フィリピンパブで10万くらい使ってるらしいよ」とか根も葉もない噂がたびたび囁かれていた。

…先週の金曜?

私は先週の金曜Kと一緒に狩りに出かけていた。会社が早く終わったということで、19時から深夜3時までみっちり狩りにいそしんでいたはずだ。これはおかしい。

「いや、俺先週の金曜Kと狩りしてたよ。嘘じゃないの?」

と言ったところで、個別チャットが入った。私の勢力で最強候補の派閥のリーダー、Mだった。

それ、俺が流した噂だから、もちろん嘘よ

…絶句した。MとはKと同じくらい長い付き合いだ。Mは普段仲間のために消耗品を集めていたり、低レベルプレイヤーのレベリングにも率先して付いていくような良い奴だった。

Mは私に気を許していたのか、そのまま話を続けた。

「Kは厄介だからログイン出来なくしてやろうと思って」
「野良で狩りしてる時もKの噂流してるから結構広まってきてる」
錦糸町は適当に言っただけだけど、リアルな雰囲気出てるでしょ」
「奥さんと子供の話は俺が言ったわけじゃない、勝手に誰かが追加した」
「流石に度が過ぎると思える情報もドンドン追加されててまずいと思う。反省してる」

そう、Kの噂はMがKを追放するために作ったでたらめで、噂を聞いた第三者が新しい情報をつけ足して広めていたというのが真相だった。噂には尾ひれがつくというが、尾ひれどころかくじらのように肥大化していた。

私はKにどこまで伝えるべきだろうか。

Mは許せないが噂の尾ひれがデカ過ぎる、Mだけの責任には出来ない。そもそも、KがMのしわざと公開したところで、誰が信じるだろうか。その時、Kは私のことを話すだろう、私までバッシング対象となるのではないか。

私は結局、Kに全てを伝えることはしなかった。

Kには「誰かが噂を流しているんだろう、嘘だって理解してる人も沢山いるから、そいつらとこれから組んでいけば良いよ」とだけ言った。

Kは「ありがとう」とだけ言っていた。それからは今まで以上に一緒に狩りに行く機会が多くなった。しかし、それから1ヶ月後Kはアカウントを削除して引退した

噂で「家庭の問題で辞めざるを得なくなった」という話が回ってきたが、もちろん嘘だ。Mは反省したのか、今回は関与していなかった。

これは15年以上前の出来事だ。今のようにSNSが発達していたらKはどうなっていただろうか。

あの時私が学んだのは「真実は嘘に勝てない」ということだ。

私やKの仲間は噂話の否定を毎日のように行っていたが、噂話は広まり続け、嘘の情報は追加され続けた。

真実は一つしかないが、嘘は無限に作ることが出来る。人は都合の良い嘘を信じ、都合の悪い真実には目を瞑る

私が噂の否定をしていた時、野良で出会った人のコメントが今も強く心に残っている。

嘘でも面白い方が良いんじゃない?フィリップにも良いネタだと思うよ